母子の家(2024)
小野良輔建築設計事務所との共同設計
撮影 ©石井紀久
母子の家
奄美大島に移り住むことを決めたクライアントとその母のための小さな住宅の計画。彼女たちは食事のとき以外はそれぞれ個室やリビングでそれぞれ別々に過ごす生活スタイルで、それゆえにいつでもお互いの気配を感じられるような住宅のあり方が求められた。いわゆる子育て世代の住宅のようにリビングを中心とし、個室と収納、水廻りがそれらを囲うような計画ではなく、リビングと同様に個室も中心になるような多中心的な住宅の形を模索した。
敷地は、集落内における小規模分譲開発地の一画である。周りを見渡すと周辺には古くからある民家や近年完成した比較的新しい住宅もあり、新陳代謝しているように感じられた。街区の隣には緑豊かな小川が流れ、遠くには山の稜線が眺められる。非常に明るく爽やかな自然環境が印象的な土地であった。新旧の建物が入り混じるこうした場所は奄美大島に珍しくはない、奇をてらったような建物ではなく、奄美大島の文化や環境を活かした建物がこの場所には望ましいと考えた。
この住宅は、中心の大きなスペースと外周に配置した小さなボリュームによる親子関係の平面形式により構成している。ここでは大きなスペースを【母屋(おもや)】、小さなボリュームを【子屋(こや)】と呼ぶことにする。小さなボリュームは寝室、水廻り、キッチン、ウォークインクローゼットであり、これらをずらしながら配置することで余白をつくるように中央に大きなスペースを作り出している。高天井に設けたハイサイド窓から豊かな自然光が射し込む母屋に対し、子屋は最低限の自然採光に抑えている。これは眩しさを抑えて少し薄暗いくらいの寝室を志向したクライアントの要望から導かれたものだが、空間の陰影の差を強調することで、より母屋の空間性をニュートラルなものにしている。
形式上中心に据えられた空間は、実は個室同士を接続した渡り廊下能な空間になることを意図している。生活の中心と空間の機能の主従関係は反転していて、多中心的な関係性がつくられている。母屋と小屋の接続部には大きなFIX窓を設けていて、親・子の空間を内部で分節しながら外部の風景を採り込み、自然や集落といった外部環境を感じさせる。母屋と小屋に主従関係を設けず、周辺環境を等価に扱うことを意識しながら、襖で仕切られた日本家屋のようにいつでも隣に家族がいる安心を得られる距離感を目指した。それはそのまま、家族であると同時に複数の独立した大人が集まって暮らすという、特殊な関係性を体現している。
この計画では奄美の伝統的民家にみられる分棟形式や外廊下が作り出す外部環境とのつながりを参照しながら、現代のIターンのクライアントの暮らし方に合わせて再編集を行っている。それは上記のようなボリューム形式や外部空間の取り入れ方のみならず、軒の出による雨よけ・多湿な環境に耐えうる壁や屋根の構成・強い西日の影響を受けにくい配置計画・台風の吹き上げに堪えうるディテール等にも反映されている。
この住宅は2人のための計画だが、もともとは住むことがかなわなかったクライアントの祖母も含めた3世帯の住宅の計画だった。設計当初から、そう遠くない世帯構成人数の変化も視野に、普遍性を持つ形式を志向した。少子高齢化・人口縮小が進む日本の住宅において、住まい手の構成は今後目まぐるしく変化していくことが予想される。その中で、家族のつながりを希薄化するのではなく其々が独立した個々人ということを前提とした集まり方やつながり方をこれからの住宅は考える必要がある。このプロジェクトは、これからの変化を受け入れるための形を目指した住宅である。